文●三品 純
5月28日、永田町に激震が走った。現役閣僚として戦後初めて、松岡利勝農林水産大臣が自殺した。「ナントカ還元水」で一躍その名を馳せた松岡農水相は、なぜ自らの命を絶つ必要があったのか。
事務所経費問題、不正談合で強制捜査された独立行政法人「緑資源機構」関連団体からの献金で追及を受けていた松岡利勝農相が、5月28日、赤坂の議員会館で自殺した。閣僚の自殺は戦後初のこと。松岡氏をめぐる一連の問題は究明が困難になった。さらに同相の死によって議員と農政の利権構造も十分に解明されぬまま再び闇に葬られるかもしれない。当然、このことは夏の参院選にも大きな影響を及ぼすだろう。
松岡氏は鳥取大学農学部を卒業後、農林水産省に入省。林野庁林政部林政課広報官をへて1990年、衆院選旧熊本1区(現3区)に無所属で出馬し初当選。1995年に農林水産政務次官就任して以来、一貫して農政関連のポストに就いてきた。まさに典型的な農林族である。安倍政権発足でついに念願の農林水産大臣のポストを得て、キャリア的には“順風満帆”のはずであった。ところが松岡氏の就任について危ぶむ声も多かったという。全国紙のベテラン政治記者はこんな話をする。
「実は初当選した90年、BSE食肉偽装事件を起こしたハンナンから500万円もの献金を受けていたのですよ。国会議員のキャリアスタートで、すでにこの有り様です。農林関係団体、業者との癒着が多すぎて、閣僚入りしたら真っ先に追及を受けるのは明白でした」
それでも安倍首相が松岡氏を起用したのにはワケがある。「総裁選で熊本県連を安倍支持にまとめたこと。それと法務大臣など“名誉職”の色が濃いポストと違い、知識、人脈の必要な農水大臣にふさわしい資質を松岡氏が持っていたからです。さらに環境関連の政策が求められている現在、松岡氏は違法伐採を取り締まる『木材履歴システム』を提唱するなど独自のアイデアを持っていました。こうした農政関連の手腕に期待したのでしょう」(前同)
賛否は別として確かに松岡氏は独自の農業政策を主張していた。2006年末、話題になった海外の正しい日本食にお墨付きを与える「日本食認証制度」も同氏の発案によるものという。結局、この制度については与党内部、マスコミからも批判が相次いだため「海外日本食優良店調査・支援事業」と認証から支援へと内容が軟化した格好だが、独自の政策センスは備えているようにも見える。
また農業関連の専門紙記者も松岡氏の実力についてこう分析する。
「ナントカ還元水の事務所経費などの問題で追及を受けていた中、4年ぶりに中国への米輸出を再開させるなど一定の成果も残しました。また農産物をめぐるWTOの交渉も松岡さんは力を発揮した。そして自由化に反対する国内の農林族、関連団体、生産者団体とも上手く折衝できるのは彼だけでしょう」
この通り松岡氏の政策手腕について評価する向きもある。だが、いかんせん松岡氏には農林族の“カゲ”の部分が多すぎた。
1983年1月、農水大臣などを歴任した中川一郎氏が札幌市内のホテルで自殺を遂げた。同氏も松岡氏と同様、農水族の大物として知られた人物である。そして中川氏の秘書を務めていたのが、これも農政、外交に影響力を持っていた現新党大地の鈴木宗男代表。鈴木氏も冒頭に出たハンナンから多額の献金を受けとっていた典型的な農水族。一部のメディアなどでは「東のムネオ、西の松岡」などと揶揄されている。
そして28日、深夜都内で行なわれた松岡氏の仮通夜にある元大物議員も弔問に訪れた。元建設大臣の江藤隆美氏である。同氏は松岡氏らとともに小泉政権下で“抵抗勢力”と名指しされたグループの筆頭格であり、議員在職当時は有力な農林族、道路族として影響力を持った。そして2001年のBSE対策で実施された政府の牛肉買取り事業でもこの江藤氏、松岡氏、鈴木氏らが暗躍したとされる。
「彼らがすごい剣幕で農水省幹部に政府の牛買取りを迫ったんですよ。この買取りによってやがて巨額な牛肉偽装事件に発展しました」とは前出のベテラン政治記者。この牛肉偽装事件にもあった農水族の影響力については2002年3月22日、政府が設置したBSE問題調査検討委員会(高橋正郎委員長)がまとめた報告書で「農林水産省の政策決定にあたり、最も大きな影響を与えているのが国会議員、とりわけ農林関係議員であるのは故なしとしないが、全国の農村を地盤に選出された多くの議員が巨大な支援団体にして強力な圧力団体を形成し、衰退する農業を補助金や農産物輸入制限などを通じて支え、生産者優先の政策を求めてきたことは否めない。そのような政と官の関係が政策決定の不透明性を助長し、十分にチェック機能を果たせない原因となったものと考えられる」と指摘している。
政府関連の委員会ですら指摘される議員と農政の癒着問題。農政にまつわる問題と松岡氏の自殺を直結することはできないが、農林族には不透明な利権構造がある点は否定できないだろう。
一方、「東のムネオ、西の松岡」と言われる当の鈴木氏は28日、自身が運営する「ムネオ日記」で24日に松岡氏とある会食の場で会談したことを明かしている。日記によると鈴木氏が「素直に謝った方がいい」と進言したところ、松岡氏は「今は黙っていた方がいいと国対からの、上からの指示なのです。それに従うしかないんです」と応じたという。
彼の言う“上からの指示”があって一連の不祥事に対する十分な説明が果たせなかったとすれば、安倍内閣、与党の責任はあまりに重大だが、いずれにしても真相ははっきりしていない。特に松岡氏が追及を受けたであろう緑資源機構の問題については闇が深い。松岡氏が自殺した翌29日の早朝、談合問題で事情聴取を受けていた緑資源機構の元理事・山崎進一氏が自宅付近で死亡したのである。全身強打していることから同氏も自殺と推測されている。
同団体を管轄する大臣と幹部の突然の訃報。緑資源機構、そして農林政策に関わる暗部は想像以上に根深いものが存在していそうだ。となると今回の一連の事件は“死人の口なし”ではすまされそうにない。