文●人事教育コンサルタント 本田有明
景気回復や団塊の世代の一斉退職といった社会情勢もあり、新卒採用は超売り手市場で、第二新卒の転職も活況を見せている。しかし、これまで採用を控えてきた企業が、多数の新人を受け入れるのにふさわしい職場環境づくりができているのだろか? 人事教育の専門コンサルタントとして知られる本田有明氏に、新人を職場に定着させ、早く一人前の戦力として活用するための方法を語ってもらった。
新人は配属された部署でしっかり面倒を見て、できるだけ早く戦力として育て上げること。それが育成の第一義だが、並行して心がけたいのが、会社という大きなチームの中でメンバーの一員として認めてもらうことだ。自分の部門だけでなく、別の部門にも仕事を通して紹介し、うまく溶け込ませることである。
このへんは、部門間の風通しがよく友好的な雰囲気が保たれている会社の方には、ピンとこないかもしれない。新人が配属されたら相互にきちんとあいさつをし、業務を通じての行き来が頻繁にある職場なら、わざわざ気にかける必要もない事柄だから。しかし、各部門が見えないカーテンで仕切られているような職場では、人や情報の交換があまりないのが実情だ。
そういう会社では、新人は最初に配属された部署のことしか知らされず、そこで仕事をしてゆくうちに、自然と閉鎖的な雰囲気が身についてゆく。まわりの空気になじんでしまうのだ。やがて他の部署に異動すると、そこに溶け込むのに多大なエネルギーを費やすことになる。
かつて私がお世話になった職場も、多少その傾向があるところだった。幸いなことに直属の上司は危機意識の旺盛な人だったので、新人の私を育てるためにとても配慮してくれた。ことあるたびに「おとなりデビュー」の機会を設け、後押ししてくれたのだ。
たとえばデザインの仕事を担当していて、何種類かの候補からひとつを選定するようなとき、上司はこんなふうに言った。
「A本部の鈴木部長やB本部の高橋課長にも意見を聞いてごらん。どちらもセンスのよい人だから、きっと参考になるだろう」
同じ部の先輩たちに聞けばすむことなのに、と私は首をかしげた。それでも上司の指示なので、わざわざ別のフロアのA本部やB本部に顔を出した。見たこともない新人が意見拝聴にやってくるのだから、先方は目を丸くする。しかし、「鈴木部長の意見を聞いて参考にしろと、上司から言われてきました」と言われると、悪い気はしない。先方はデザイン案を見て、熱心に自説を披露してくれたものだ。そして、こんな言葉もかけてくれた。
「本田君というのか。よし覚えておこう。また何かあったら気軽に来なさい」
こうして、以後社内で見かけたら声をかけてもらえる他部門の人が増えていった。
「きみはずいぶん顔が広いんだな」と同僚から不思議がられることもあった。それというのも、あとで知ることになったのだが、A本部やB本部は、私の部署とは縁がないだけでなく、あまり仲がよくない部門だったのだ。
そういう隠れた事情を知る前に、上司は「おとなりデビュー」の機会をたびたび用意してくれた。その経験がないままに1年、2年とすごしてしまったら、他部門の管理職と親しく話をするチャンスなどなかっただろう。
「私は本田といいます。どうぞよろしくお願いいたします」
「まだ新人なので何も知りません。よろしくご指導ください」
相手が誰であれ、そう言って人のふところに飛び込んでいけるのは、いわば新人の特権である。その特権を活かして、人脈形成のスタートをじょうずに切らせてやるのは、上司の手腕といってよい。
そうやって横のつながりのできた人たちからは、その後もかわいがってもらい、さまざまな支援をいただくことができた。それが後にどれほど大きな力となったかは計り知れない。
このようにしてオープンマインドな人材が育つ足がかりをつくるのだ。他部門との交流を促進する足がかりともなり、一石二鳥の効果がある。