文●人事教育コンサルタント 本田有明
景気回復や団塊の世代の一斉退職といった社会情勢もあり、新卒採用は超売り手市場で、第二新卒の転職も活況を見せている。しかし、これまで採用を控えてきた企業が、多数の新人を受け入れるのにふさわしい職場環境づくりができているのだろか? 人事教育の専門コンサルタントとして知られる本田有明氏に、新人を職場に定着させ、早く一人前の戦力として活用するための方法を語ってもらった。
しばらく前から中卒者の7割、高卒者の5割、大卒者の3割が3年以内に最初の就職先から離れる「七五三現象」などといわれ、若者の離職率の高さが話題にのぼっている。会社は定着対策に神経をつかい、職場でも若者の扱いに気をくばるようになっている。
しかし、間違ってはいけない。気をくばるのはよいが、新人に迎合する必要はまったくない。プロ野球の星野仙一氏の言葉を借りれば、「配慮はするが遠慮はしない」ということだ。コミュニケーションは馴れ合うことではないのだから。
「きびしくすると、ついてこないのではないか」
「うるさい上司と思われると、仕事に差し支えるのではないか」
「もし辞められたりすると、人事部からお叱りを受けるのではないか」
そんな遠慮はいらない。言うべきことを言って、それで辞めてしまうような部下なら、むしろ早めに辞めてくれるほうがよい。上司や先輩たるものは、省みて自分に恥じるところがなければ、そのくらいに居直ってよいのである。
きびしい上司だから、という理由で会社を辞める部下など、まずいない。いたとしたら、それはどこの会社に勤めても長続きしない人材だ。
上司とのコミュニケーションの悪さを退職の理由にあげる人が少なくないが、それは次のような上司の場合がほとんどである。
数年前に橋本 治氏の『上司は思いつきでものを言う』(集英社)という本が、その絶妙なタイトルによってベストセラーになった。部下から愛想を尽かされたり恨みを買ったりするのは、この手の上司・先輩である。指導がきびしくても、その姿勢に一貫性があり、部下を思う気持ちがこもっていれば、それは相手にも通じるものだ。
きびしいけれど面倒見がよい人、からっとして根にもたない人は、むしろリスペクトの対象となる。こわもての星野仙一氏が「理想の上司像」として若者から敬意を受けているのはこのためだ。
きびしい上司とは、何に対してきびしいのか。
しつけである。ものづくりの現場では、指導の基本としてよく「5S」ということがいわれる。“整理・整頓・清掃・清潔・しつけ”を指す。これに“作法”を加えて「6S」と称するところもあるが、これらの重要性はオフィスでも変わらない。人が働く仕事の現場では、職種に関係なくしつけが求められる。
こうした当たり前のレベルの態度教育は、まさに最初の一週間、二週間が勝負どころである。新人教育の場で習っても、職場でそれを徹底させなければ身につかない。いいかげんな職場であれば、新人は「テキトーにやっていればいいんだな」と判断して、心のネクタイをゆるめる。
その態度がクセになってしまうと、あとで改善するのにはたいへんな困難がともなう。新人をたくましい即戦力に育てるのも、ダメにしてしまうのも、キーパーソンとなるのは最初に接する上司や先輩なのだ。
私が最初に薫陶を受けた上司は、万事にとてもきびしい人だった。ごみの捨て方であれ電話の応対であれ、小さな失敗というものを決して許さなかった。ただ、頭ごなしに叱るのではなく、なぜそれがいけないかを一々ていねいに諭してくれた。その熱意がはっきりと伝わってくるので、こちらは素直に受け入れることができた。感謝こそすれ、恨みに思うことなど一度もなかった。
知的レベルの高い職場では、一部に態度教育を軽んじる傾向があるようだが、これは原則として間違っている。「上下のへだてなく仕事をしよう」「言いたいことはどんどん言える開放的な風土にしよう」というのは構わないが、そのこととしつけとは別問題だ。
こういう職場でしばしば大きな不祥事が発生したりするのは、なすべきこととなさざるべきこととの境界があいまいになりがちで、自分勝手な判断を許す雰囲気があるためだ。「しつけ教育なしの性善説」は、もともと高いモラルと自制心を持ち合わせた人間の集まりでなければ、必ずどこかで破綻をきたす。そして、そんなりっぱな人間ばかりの集まりは、現実には存在しないといってよいのである。