~実務に役立つ~
グロービス・キャピタル・パートナーズ 山中 礼二
特に人事システムを変更する時には、必ず何らかの弊害が発生するリスクがある。欠点のない完璧な人事システムなどというものが存在しない以上、あらゆる打ち手にも、何らかの弊害が発生しうる。その弊害を予測した上で、あらかじめ弊害に対する先制攻撃的な予防策を加えておくことが必要となる。
たとえば、人気レストランをチェーン展開するグローバルダイニングCEO、長谷川耕造氏は、経営組織の「仕組み化」に注力した時期がある。会社設立後約10年経った1984年頃、7店舗を展開し、約8億円を売り上げていた。長谷川氏は、さらなる多店舗展開のために、業務のマニュアル化を進め、従業員の就業規則を作り、組織体系も新しくした。それにともない、役職者の数を一気に増やしている。それまで現場のマネージャーと密着して陣頭指揮を取っていた長谷川氏は、経営者として自らを組織作りに没頭させたのである。極めて合理的な経営と思われる。
しかしその結果、何が起こったか。
トップである長谷川氏に「現場」の情報が伝わりにくくなり、企業の風通しが悪くなったのだ。長谷川氏に代わって現場のマネジメントを統括していた役員は、現場のネガティブな面ばかりを長谷川氏に報告し、また現場の店長に対しては「長谷川氏がネガティブな評価を下している」と伝えていたという。結果的に18名いた幹部社員のうち6名が長谷川氏に不満を持って退社した。(『タフ&クール―Tokyo midnightレストランを創った男』著:長谷川 耕造・鹿島 茂、日経BP社)
では、長谷川氏は、どうすべきだったのだろうか?
私は組織改革の方向性は誤っていなかったように思う。ただ、新しい制度が正しく運用されるようになるまでは、当然運用上の弊害が多発する。上下のコミュニケーションがうまくいかなくなるという上記の事例は、典型的な弊害である。
したがって長谷川氏は、この弊害の発生を予測し、それらを監視し、コントロールするための予防策を打つことによって、この8名の幹部社員が退社するような事態を防げたかもしれない。 たとえば、組織改変後しばらくは、従来通り積極的に店舗を回って店長と話をしておく。トップと現場が直接対話できるような全社会議を月に1回開催する。また、現場のマニュアル化がサービスを硬直化させていないかをチェックするために、顧客満足度の調査も定常化させる必要があるだろう。
このように、予想される弊害をあらかじめ排除するような計画を、ディベートの専門用語では「スパイク・プラン」(Spike Plan)と言う。人事システムを改変する時は、徹底的にスパイク・プランを考える必要がある。
前回で、組織の「傷み」を企業の成長の1プロセスとして肯定的に捉えることの重要性を強調した。「傷み」の解決策が、単に企業の成長を止める性質のものに傾斜すれば、企業は縮小均衡に陥りかねない。
企業の急激な成長は、必ず組織に何らかの「傷み」をもたらす。過剰労働、フェアとは言い難い便宜的な昇進・昇格、部門間の役割分担の混乱などである。しかし根本的な原因が「成長」にある時に、問題解決のために企業の成長自体を止めることは本末転倒である。同様に、事業構造の大幅な転換を図っている大企業が、「傷み」を理由に事業変革を遅らせるのも不適切であろう。
繰り返すが、組織の「傷み」は企業をよくするためのサインであり、企業成長のための1プロセスと考えるべきものである。問題の発生源を単純に消すことで良しとするのではなく、「傷み」に耐えつつ戦略的方向性に突っ走るべき時期があることを認識する必要がある。
厳しい競争環境にさらされている大企業。そして、背伸びをして成長するが故に「成長の痛み」に直面する中堅・中小企業。日本企業で、組織の「傷み」をまったく抱えていない企業など、まずもって存在しない。だからこそ、「傷み」を感じ、計測し、分析し、癒し、コントロールしながらこれを乗り越えていく、高度なマネジメント力を持った管理者が、今こそ求められている。
本稿が、そのような管理者を目指す皆さんのために、少しでもお役に立てば、幸いである。
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