~実務に役立つ~
グロービス・キャピタル・パートナーズ 山中 礼二
どんな企業も成長の過程で、組織が疲弊し、傷むことがある。前回、会話のない職場や社員のうつ病の増加など、痛んだ組織で起こる問題点を知る方法を述べた。第2回では組織の傷みの原因を詳細に探っていく。
【ある会社の事例】
山田氏(仮名)の働く人材派遣会社では、離職率が過去2年間で、劇的に上がっていた。これに頭を抱えた社長の田中氏(仮名)は、友人のコンサルタントに相談を持ちかけた。
「最近の若い連中は、何を考えているのかさっぱり分からんよ。1つの会社に腰を据えて自分を磨こうとか、会社と共に成長しようとか、そういう気持ちがないのかねえ」。
コンサルタントは、田中社長の目をまっすぐ見て言った。「俺とお前の仲だからあえて言うけど……。問題の原因が何なのか分かっていない、分かろうともしない、そういう経営の姿勢そのものが、社員の気持ちを傷つけているんじゃないの?」
予想外の言葉に、田中社長は絶句した。問題の原因? 社員達のレベルが低いこと以外に、何の原因があるというのか……。
「組織が傷んでいる」のはわかってはいるが、その原因は何なのか。マネジメント層が「人間的に問題のあるスタッフがいる」「新人の質が低い」など、あまりに単純に個人の人格的問題として片付けていないだろうか。本稿では、「傷み」の本質を理解する方法を以下の4要素に分けて解説したい。
要素1 何が「傷んでいる」のか
要素2 なぜ「傷んでいる」のか
要素3 原因をバラバラに捉えず、相互の関係に目を向ける
要素4 ダイナミックな文脈の中で問題を捉える
組織の中で人が「傷む」とは、どういうことなのだろう。
人は皆、様々な欲求を抱えている。安楽な生活を送りたいという欲求。自分の存在、尊厳を認めてもらいたいという欲求。そして、理想の「自分像」を実現したいという欲求などである。A.H.マズローの「欲求段階説」は、人間の欲求を以下の5種類に分類した。
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| マズローの「自己実現理論」に登場する欲求を階層化したイメージ図 |
こういった欲求が満たされない時、従業員は強い欲求不満を感じ、それが精神状態を悪化させ、モチベーションを低下させる。
日本のホワイトカラーの場合、以下の3つの「欲求」が満たされず、「傷み」が生じることが多いように思う。
1:「生理的欲求」が傷む
誰もが、十分な休息・睡眠を取りたいという欲求を持っている。しかしこれが満たされないために、精神状態が悪化し、たとえばうつ病などの症状として表れることがある。過重労働が蔓延している職場では、要注意である。
2:「尊敬と自尊の欲求」が傷む
誰もが自尊心を持っている。しかし会社組織は残念ながら、しばしば自尊心を傷つける。たとえば、自分だけ給与が上がらない。自分の同僚だけが昇進する。正当な評価を得られない。上司から「だからお前はダメなのだ」等の乱暴な言葉を投げつけられる。これらは全て、「尊敬と自尊の欲求」を傷つけることになる。
3:「自己実現の欲求」が傷む
たとえば、将来にわたってのキャリアパスが見出せない場合、所属する会社の中で「自己実現」できる見込みがない。また、「自分の力を思う存分発揮できない」という不満を抱えている社員も、自己実現欲求が満たされていない。
これらの欲求不満が、社員のモチベーションを低下させ、組織の「傷み」の原因となる。
組織のどの部門に、どのような「傷み」が蓄積されているのか、マネジメント層はきめ細かく理解する必要がある。
以前、筆者が経営再建に携わったアメリカの老人ホームがある。ここでは人事担当役員が、退職者全員を対象に、"Exit Interview"(退職時面談)と言われる個人面談を行い、退職の理由を詳細に記録した上で経営改善に役立てていた。退職者の声は、様々な経営情報を伝えてくれる。労働条件に対する不満や上司に対する不満。あるいは、顧客に接して苦労している「現場」を経営陣がサポートできているか否か。通常、社員からは挙がってきにくい不満を吸い上げる絶好の機会だ。
こういったインタビューなどをうまく活用すれば、個人の何の欲求が傷んでいるのかが伝わってくる。そして、組織全体で「何が傷んでいるのか」がある程度把握できたら、次はその要因を掘り下げて考える。
特定の社員が傷んだ場合、その原因はしばしば、直接の上司など周囲の個人にある。しかし、同じような問題が頻繁に起きる場合には、「個人の問題」と片付けず、組織全体のシステム的な問題と捉えて、原因を掘り下げて理解する必要がある。
では具体的に、どのようなシステムが「傷み」の原因となるのか。ここで、前稿で述べた「PARC」(「組織」の構成要素)のフレームワークを再度使って整理したい。
・People (人員)
・Architecture (上下関係など、組織図上の構造)
・Routine (日常業務のやり方)
・Culture (企業風土)
・People(人)
現在の社員の特性が、会社の戦略とミスマッチを起こす場合がある。たとえば、技術開発力強化のために、ひたすら高学歴のエンジニアを採用し続けた企業があるとする。そこが直販営業重視に舵を切って、技術者に営業を担当させる。この戦略と過去の採用戦略の間にはミスマッチがあり、これが高学歴エンジニアに強いストレスを与えることになる。
・Architecture (組織構造・制度)
Architectureとは具体的には、組織図、人事制度、労働条件などを含んでいる。たとえば、「昇進を決定する管理者が、200人以上の部下を統括しており、個々のパフォーマンスを全く見ていない」という組織構造上の問題が、不公平な昇進・昇給を招き、スタッフの「傷み」を引き起こすことがある。また最近の日本企業では、「成果主義」タイプの評価制度が、社員に強いプレッシャーを与えて、社員を疲弊させるケースも多々見られる。
・Routine(定常の業務プロセス)
特定の部門に、負荷が集中することがある。たとえば、顧客志向の強い部品メーカーの営業担当者が、大手顧客の細かい要求に振り回されるようなケースは、しばしば見受けられる。また、際限のないルーティン・ワークの中で、新たな技能を獲得できる、結果的にキャリアの将来展望を描けないという、自己実現欲求が傷つくケースも多い。
・Culture(組織風土)
組織風土は、人の心を傷めることもあれば、逆に癒すこともある。以前、筆者が好業績で知られる優良メーカーの社員の話を聞いた時には、彼は疲れきって、「うちの会社に合うタイプの人にとっては、いい会社かもしれないけど……」とつぶやいていた。優秀な営業マンはどんどん出世していき、そうでない人間は会社を辞めざるをえない、攻撃的な社風で知られるこの企業のカルチャーに、彼は適合しなかったのだろう。
一方で、苦しみを乗り越えてどのようなゴールを目指すかという、将来像が十分に共有されている「使命主導型組織」においては、個人の「傷み」は癒されやすい。逆に将来が見えにくくなっている時には、個人の心も傷みやすい。企業のカルチャーが傷んでいる原因をさらに掘り下げれば、経営者のリーダーシップの欠如が問題の根源になっている場合もありえる。
以上、組織の構成要素PARCが社員の「傷み」を引き起こしている可能性について詳説した。どの部分が社員を「傷めて」いるのか、ある程度仮説を持った上で、社員個別のインタビューや360度評価などの質問事項を設定すれば、問題を深く理解することができる。
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