小池 晋一
このコーナーでは月に1度、IT・テクノロジーの世界で話題のテーマについて書かれた書籍を紹介する。インターネットの世界で起きている大きな変化について、本質的なポイントを押さえたいビジネスマンにはぜひ読んで欲しい。
今回紹介する本は、「組織論」の研究者として知られる、一橋大学教授 西口敏宏氏の『遠距離交際と近所づきあい 成功する組織ネットワーク戦略』である。
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著者:西口 敏宏 出版社:NTT出版 価格:2940円(税込) ISBN-13:978-4757121836 |
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本書は「どんなに優れていても、人や組織の情報の処理能力には限界がある」といった前提の中で、「何の変哲もない個人、組織、地域が目立って繁栄する場合がある」ところに注目し、書かれた一冊。そこに隠れた法則性があるのか、あるいは、私たちはその法則をうまくコントロールすることができるかといったことを、米国で注目を集めているグラフセオリー(万物の関係を点と線で表す数学理論)を用いた最新のネットワーク理論で紐解いている。
この本のタイトルに登場する“遠距離交際”と“近所づきあい”という言葉を、著者は特別な意味として用いている。“遠距離交際”とは「偶然に起こるリワイヤリング(情報伝達経路のつなぎ直し)によって、普段は地理的な距離が離れているために入りにくい情報がダイレクトに入ってくること」、また、“近所づきあい”とは、「自分を取り巻く近隣の人たちとの日々の規則正しい密接な関係のこと」をさしている。
著者は、運のいい人や成功しつづける組織をよく見てみると、“遠距離交際”と“近所づきあい”の仕組みが、隣の友人と遠くの知人として構造化され、絶妙なバランスで機能していると述べている。言い換えると、成功する組織においては、自分の知らないことは“遠距離交際”と“近所づきあい”のなかで、その問題に対する答えを持っている人に巡り合い、問題解決する。そんなネットワークが構築されていると説明している。そして、失敗し続ける組織においては、このバランスが崩れているのが大きな原因であると指摘しているのである。
これを証明するために典型的な事例として紹介しているのが、1997年2月に発生した自動車部品メーカーのアイシン精機の火災事故である。
アイシン精機はトヨタ・グループが生産するほぼすべての車に小型ブレーキ関連部品であるPバルブ(プロポーショニング・バルブ)を供給している。火災事故当初はトヨタ全体を数週間生産停止に追い込む大事件に発展すると見られていた。しかし、結果として、わずか2日後には新しいブレーキ部品の試作品が作られ、10日で現状復帰した。解決するのに数週間はかかるとみられた事故から、なぜたった10日で現状復帰できたかを「自己組織化するネットワーク」として詳しく紹介している。
まず、この火災事故はトヨタ全体に多大な悪影響を与えると見られていた。アイシン精機はPバルブの独占供給者であったため、小型ブレーキ関連部品の供給が全面停止することになったからである。通常、自動車メーカーは競合サプライヤーに少しずつ仕様の異なる同種部品を提案させることで、リスク分散を図っているのだが、このPバルブの製造には複雑で高度な精密機械加工技術が必要だったため、アイシン精機1社に依存していたのである。トヨタの生産方式は「カンバン方式」のため、余分な在庫は存在していない。したがって事故当時、Pバルブの在庫は約2日分しかなかった。このことはトヨタの「カンバン方式」に潜む深刻な問題点ではないかと、マスコミにも大きく取り上げられた。これを短期間で救ったのが、“遠距離交際”と“近所づきあい”のネットワークである。
著者は今回のネットワークの中心となった母体を、トヨタのカンバン方式を支えている主要なサプライヤー約60社からなる「自主研究会」が担ったとしている。この自主研究会とは、専門の異なる企業からなる小グループ活動で、日ごろから工場を見せあったり、改善アイデアを共有したりしていた。そういったネットワークのメンバーがニュースでアイシン精機の火事を知り、その日のうちに協力を申し出てくるといった緊密なつながりがあった。協力企業が一時的にPバルブをつくるためには特殊な工作機が必要だったが、直接アイシン精機とつながっていないメーカーなどが自主研究会のメンバーにドリルやゲージ類を提供するなど、必要な経営資源を協力企業自らが確保したのである。また、協力企業のある大手部品メーカーがPバルプを代行してつくり始めたときに直面した技術的な問題に対して、いままで取引のなかった企業に相談したという描写がある。このシーンで「そういう技術的な問題なら、この人をおいて他に相談できる人はいないといって、そのまた取引先の金型屋さんを紹介してくれたんですよ」という協力企業の発言が出てくる。本来関係のなかった企業間をつなぐ連絡と協力による問題解決は、“遠距離交際”の本質をよく表している。
著者は今回の危機を打開する大きな原動力となった考え方を、「スモールワールド・ネットワーク」と呼んでいる。スモールワールド・ネットワークとは、日常の緊密な“近所づきあい”のネットワークの中に一部“遠距離交際”が入ることである。
トヨタはサプライヤーの火災事故という異変がおき、システム全体がゆらいだものの、普通は入手困難な技術情報が“遠距離交際”によってリンクすることにより、ネットワークが活性化し、問題解決ができたのである。著者はトヨタの自主研究会の交流がスモールワールド化を進め、「分散したトポロジー(まわりの組織や人とのつながり)を持つネットセントリック(意志決定や活動の「中心」がネットワークそのものにあるという考え方)なシステムが現出し効能を発揮した」と指摘している。
もちろん、トヨタの他のサプライヤーは将来のビジネス・チャンスを増やしてもらえるかもしれないと期待して協力したのも事実だろう。しかし、肝心なのは「有効に協力しうる『能力』」があるかどうかであり、そのためには「サプライヤーの能力を造成し、企業ネットワークにおいて知識の共有を促進する真摯な努力」が必要なのである。
著者は本書の中でこういった成功事例を数多く紹介している。企業にとって、重大な危機に際して柔軟で自己組織的な対応を促し、高度な相互補完性と健全なトポロジーの再構築をつくりあげるためには、日々の業務の中で継続的に蓄積してきた企業間の信頼関係の構築が必要なのである。
この本は、企業戦略にスモールワールド・ネットワークをどう活用していくかということについて、最新の研究結果を交えて丁寧に解説した実践的な書といえる。次の世代を担うビジネスリーダーにお勧めの一冊である。