アスキービジネス編集部
編集部がビジネスに役立つオススメの一冊を紹介する「今週のアスビズ書評」。今回は、米パタゴニア創業者のイヴォン・シュイナード氏による『社員をサーフィンに行かせよう』(東洋経済新報社)を取り上げる。独特の経営スタイルで知られる同社の“持続可能な”経営とは。
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著者:イヴォン・シュイナード 訳者:森 摂 出版社:東洋経済新報社 価格: 1890円(税込) ISBN-13:978-4492521656 |
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「私たちの会社では、本当にサーフィンに行っていいのだ。もちろん、勤務時間中でもだ。平日の午前11時だろうが、午後2時だろうがかまわない――」。もしあなたの会社の経営者がこのように言い出したらどうだろう。しかも、「登山、フライフィッシング、自転車、ランニングなど、どんなスポーツでもかまわない」とこの後に続くとしたら……。
『社員をサーフィンに行かせよう』は、アウトドアウェア・メーカーとして世界的に知られる米パタゴニアの創業者でありオーナーのイヴォン・シュイナード氏による自伝的経営論である。同社の個性的な経営スタイルは、これまでに何度か日本のメディアでも取り上げられてはいるが、パタゴニアというブランドの知名度の割にはあまり知られていない。本書は、創業から今日に至るまでの同社の歴史――イヴォン氏らがアウトドアを楽しむのに必要な道具と資金を作るために起業するところから始まる――と、経営哲学についておよそ300ページにわたってまとめた初の本格的な著作である。
そのイヴォン氏自身が、「実験的な試み」として紹介するパタゴニアの経営は、実にユニークなものだ。中でも、環境問題への取り組みは群を抜いている。たとえば、自社製品のオーガニックコットンへの全面的な切り替えや、ペットボトルを再生したフリースの開発。あるいは、たとえ業績が赤字であったとしても、売上の1%を環境問題に取り組むNGO(非政府組織)に毎年寄付する「1%ルール」や、社員がこうしたNGOの活動に最長2カ月間、参加できる制度などだ。
しかもこうした「環境への配慮」は、決して昨今の環境経営やCSR(企業の社会的責任)ブームに乗じて始めたものではない。今から30年前以上前、当時の主力製品だった「ピトン」(ロッククライミングの際に岩場に打ち込むクギのような金具)の製造を、「山を傷つける」という理由で取り止めたことから始まる、息の長い取り組みの一部なのである。
本書のタイトルにもなっている冒頭の「いつでもサーフィンに行っていい」という呼びかけも、アウトドアビジネスを生業とするパタゴニアの社員にとって、自然環境の経験や知識を得る機会と捉えているだけではない。これは誰もが効率よく自分の仕事に対して責任を持って取り組む姿勢を持ち、誰かが欠けたときにはチームでフォローするといった、一人ひとりの仕事に高い品質を求める言葉でもあるのだ。こうした企業風土があるからこそ、いつでもサーフィンに行っていいと自信を持っていえるのだろう。
イヴォン氏はこうした「実験的な試み」をなぜ続けるのか。答えは明快だ。「100年後も存在する企業を目指したい」という、持続可能な経営への強い思いがあるからである。そして、この思いと密接に関係するのが、「健康な地球がなければ、株主も顧客も、社員も存在しない」という考え方だ。ビジネスが成立する前提となる基盤「地球」を守ることが、結果として自分たちのビジネスを持続させることにもつながる。これがイヴォン氏の主張なのである。
もっとも、イヴォン氏が実験を始めてから、パタゴニアの前身となるシュイナード・イクイップメント社を含めても100年のうち半分しか経っておらず、パタゴニアが本当に持続可能な企業として成功するかどうかはまだ分からない。だが、逆の見方をすれば、これまで50年近くにわたって、理念を言葉にとどめるのではなく、実際の行動で多くの実績を残してきたイヴォン氏の主張には確かな説得力がある。
本書の翻訳を手がけたのは、元日経新聞記者の森 摂氏。森氏は、記者時代にイヴォン氏を取材して以来、パタゴニアという企業に注目するようになったという。現在は環境問題をテーマとしたビジネス誌『オルタナ』の編集長でもある森氏だが、当初は「本当に言行一致しているのか。『裏』や『からくり』はないのか(中略)という思いが頭をよぎった」と本書のあとがきで告白している。それでも氏が継続的にパタゴニアを追い、本書の翻訳にまでこぎつけたのは、それだけパタゴニアの経営手法、イヴォン氏の理念に共感するところが多かったからだろう。
昨今、「CSR」「コンプライアンス」「持続可能な経営」といったキーワードがブームである。また、「会社は誰のものか」「経営責任とは誰に対しての責任なのか」といった議論も後を絶たない。こうした現状に対して疑問を抱き、違和感を覚えたならば、本書を手にしてみるといいだろう。本書はあくまでも「パタゴニア」という稀有な一企業の事例に過ぎず、持続可能な企業風土を作るための“ガイドブック”でもないが、問題の本質を考えるためのヒントにはなるはずだ。