2006年8月2日
アプリケーションを安価に利用する手法として、1998年頃から一躍注目を集めたASP(Application Service Provider)。それから8年、一過性の“ブーム”かと思われたASPの評価が改めて急速に高まっている。ASP市場育成に必要なガイドラインの制定や標準化の検討などを手掛けるASPインダストリ・コンソーシアム・ジャパン(ASPIC Japan)の副事務局長 主任コンサルタントの河津誠一氏は、その背景を次のように分析する。
「ADSLをはじめとするブロードバンドの通信サービスが普及したことで、ASPを快適に利用できるインフラが整った。また、CRMやERPなどの業務横断型サービス、さらにeラーニングや電子カルテといった新たな業種/業務向けのサービスが登場するなどサービスの多様化が進んだことで企業の利用シーンも格段に広がった。加えて、セールスフォース・ドットコムに代表されるように、ユーザーのカスタマイズ・ニーズへの対応も進んでいるほか、アクセス手段として携帯電話に約半数のASPベンダーが対応を果たすなど、ユーザーにとっての利便性も大きく向上したことが、ASPサービスの普及を大きく後押ししている」
実際に、ASPICジャパンが実施した調査をまとめた「ASP白書2005」によると、ASP関連市場の規模は2004年で4280億円と前年度の3260億円よりも約3割拡大したと推測されている。また、市場は今後も年率30%程度の伸びで成長を続け、2010年には1兆円に達すると見込まれている(図1)。提供されるサービスも、ここにきてますます多様化する傾向にある(図2)。
![]() |
|---|
| 図1●ASP関連市場規模予測(※クリックで拡大) |
![]() |
| 図2●ASPの提供サービス体系(※クリックで拡大) |
ちなみにASPIC ジャパンでは、現在のASPサービスの利用実態を踏まえ、ASPを「特定及び不特定ユーザーが必要とするシステム機能を、ネットワークを通じて提供するサービス、あるいはビジネスモデル」と定義している。そのため、前述したASP関連市場規模にはインターネット経由でアプリケーションソフトを顧客に提供するサービスのみならず、顧客側にサーバ機器を設置し、いわばオンサイトでサービスを提供する形態なども集計対象に含まれているが、そのことを考慮に入れても従来型ASPサービスの利用が活性化していることはほぼ間違いない。ASPICジャパンが把握しているASP事業者数が、2003年の600社から2005年には約1000社に急増していることからも、そのことは明らかだ。
実は過去、ASPサービスは大きな話題にこそなったものの、その利用はほとんど進んでいなかった。ASPICジャパン 常務理事技術部会長の津田邦和氏は、「4年ほど前の調査では、ASPサービスを利用している企業はほとんどいなかった」と打ち明ける。しかしASPICが昨年に実施した調査では、ASPの利用経験がある企業は4分の1にも達し、ユーザーの裾野も、あらゆる業種の民間企業、公共分野にまで幅広く広がっている。これを踏まえ、津田氏は「ASPの利用機運が高まっているのは、インターネットを“活用”しようというユーザー側の意識が高まっているからにほかならない」と断言する。
ASPサービスを利用するためには、企業はASPベンダーに社内の貴重なデータを預ける必要がある。しかし、そのことが、企業にASPの利用を心理的にも手控えさせてきた要因になっていたと津田氏は分析する。
だが、政府が推し進めたe-Japan戦略の下、総務省は電子自治体のアウトソーシングの際に参考にすべき評価基準のSLA(Service Level Agreement)を発表するなど、ITを安全に活用するための指針作りがこれまで進められてきた。
「この結果、ASPに対する企業の評価も着実に高まったことに加え、ユーザーの増加によって、たとえば知り合いの会社で利用しているといったケースが増加し、情報システム担当者がASPサービスの利用に乗り出しやすい雰囲気が生まれている(津田氏)」
さまざまな条件が整ったことで、ASPサービスはいよいよ本格普及期に差し掛かりつつあると言えるわけだ。
結論:
通信インフラやサービス、
ユーザー側の意識など普及条件が整ったため
言うまでもなく、ASPサービスのメリットは、利用にあたっての初期コストの低さにある。ASP白書2005でも、個別のシステム開発やパッケージと比較しASPを選択した理由として、「初期費用の安価性」と回答した企業が最も多かった(図3)。また、システム運用のために労力を割かなくてもよく、その分、運用コストを削減することが可能だ。
![]() |
|---|
| 図3●個別のシステム開発(SI)やパッケージと比較した場合のASPを選択する優先基準(※クリックで拡大) |
では、ASPサービスを利用するためには、具体的にどれだけのコスト負担が求められるのか――。ASPICジャパンがASPサービスを利用している企業に対して、支払ったイニシャルコストについて尋ねたところ、「システム管理系/バックオフィス系」および「フロントオフィス系」で100万円前後、「ECサポート系」および「グループウェア系」では30万円前後と5万円未満の2つの回答が多かった。ASPサービスを利用するにあたって、上記のコストは目安の1つと言えるだろう。
もっとも、ASPサービスの利用に際して、1000万円以上の初期投資を行なった企業も少ないながら存在したという。しかし、それらの企業の多くは従業員規模が5000人以上との大企業だったことから、その分、コストがかかっていると推測される。言い換えれば、こういった大規模での利用にも耐えうる能力を備えているASPサービスもあるわけだ。
さらに、ASPサービスでは会社の貴重な情報をASPベンダー側に預けるほか、基幹業務系のASPサービスは会社の業務に不可欠の存在となるために、コスト以外の面にも配慮を払って選定することが不可欠となる。津田氏はそのポイントとして「ダウンタイム」、「ネットワークセキュリティ」、「継続性(ASPベンダーがサービスそのものを中止する可能性があるかどうか)」、「性能・データ保管容量」の4つを挙げる。
「電子自治体分野では、総務省が発表したSLAをベンダー選定時のガイドラインとして利用することができる。しかし、企業向けのASPサービスでは、そのような確固とした評価基準が現状では存在しない。そのため、選定にあたっては、ダウンタイム、ネットワークセキュリティ、継続性、性能・データ保管容量とコストを含めた5つの評価ポイントを基に、気になる点についてASPベンダーに問い合わせる以外に手はない(津田氏)」
もちろん、疑問点をこと細かに問い合わせるのは、骨の折れる作業でもある。しかし、津田氏によると、ASPベンダーの中にはサービス提供に用いるサーバをデータセンターではなくオフィスビルに設置するなど、リスク対策が不十分なケースも見受けられるという。社内のデータを預けるうえで、ASPサービスの“継続性”にまつわる点を確認することは、システム担当者にとって欠かすことのできない作業と位置づけられるのだ。
このような現状を踏まえ、ASPICジャパンは今後、ASPサービスの評価基準の策定を進める計画だ。具体的には、総務省が発表したSLAを民間のASPにあてはめることなどを通じ、利用者が安心してASPサービスを選定できる環境を整備するという。
なお、ASP白書2005では、ASPサービスに対する不満として「アフターサービス・サポートへの不満」を指摘する声が多かった(図4)。この理由として、スケジュール共有や掲示板などに加え、バックオフィス業務やフロントオフィス業務にもASPサービスが利用されるようになり、ASPサービスの業務における重要性が高まったためと推測されている。ASPサービスの選定時には、このようなポイントも押さえて評価すべきといえるだろう。
![]() |
|---|
| 図4●自由記述式によるASPサービスに対する不満点の分類(※クリックで拡大) |
結論:
“価格”と“継続性”の両面から
ASPサービスを入念に評価すべし
ASPサービスはASPベンダーが開発したアプリケーションを、いわば多くの企業で共有することで、企業が負担する初期コストや運用コストを抑えるというビジネスモデルを採用している。そのため、ASPサービスが登場した当初は、顧客からのカスタマイズに応じるケースはごく限られていた。
しかし、業務ルールは企業ごとに異なるのが実情だ。そこで、ASPサービスの利便性を高めることを目的に、アプリケーションロジックやユーザーインターフェイス、データベースなどのカスタマイズに対応したASPサービスが相次ぎ登場している。「カスタマイズをしないのがASP」という原則は崩れつつあるわけだ。
たとえばセールスフォース・ドットコムが提供している「SalesForce」では、ユーザーは通常使用しているツールを使うことで、プログラム制御やモジュールの追加、インターフェイスの変更を容易に行なうことができる。また、ツールが存在しない場合でも、多くのケースでASPベンダーにカスタマイズを依頼することも可能だ。
また、最近のASPサービスにまつわる新たな動向として、ユーザーの既存システムをASPと連携させる取り組みが活発さを増している。
「ASPサービスを利用し続けた場合には、たとえば財務会計用のASPサービスと税務計算用のアプリケーションといった具合に、業務効率の観点から他のアプリケーションと連携させたいという要望が生まれやすい。このようなニーズに応え、多くのベンダーが人事給与や財務会計、ERPなどの業務システムとの連携が可能なASPサービスの提供を始めている(津田氏)」
前述したSalesForceでは、データを連携させるためのインターフェイスの仕様が公開されている。それらを参照することで、他システムと容易に連携させられるわけだ。
しかしながら、カスタマイズや他システムとの連携が従来よりも行ないやすくなったとはいえ、ASPサービスの本質は「アプリケーションをさまざまな企業で使い回す」ことにあることを肝に銘じておくべきと津田氏は強調する。
「ASPサービスを安価に利用できるのは、多くの企業でアプリケーションを共有しているからこそ。ASPサービスは極端に言えばどのようなカスタマイズにも対応することができる。しかし、手を加えた部分が多くなるほど利用料金も高くなり、ASPサービスを利用するメリットが失われてしまう」(津田氏)
カスタマイズを前提にASPサービスを利用しようとするならば検討期間を十分に設け、自社の業務ルールとの合致度やカスタマイズが利用料金にどれほど影響を与えるのかを踏まえて慎重に検討することが求められるわけだ。
結論:
カスタマイズはOK
ただし、利用料に留意すべし
ASPICジャパンは日本におけるASP事業の発展を目的に、1999年11月に設立された特定非営利活動法人。現在、80以上のASP関連企業や団体が会員に名を連ねており、市場調査活動や情報提供活動、電子自治体関連のコンサルティング、さらに政策や制度立案に対する提言などを行なっている。特に電子自治体関連では総務省が発表した電子自治体向けのSLAの作成に携わるなどの実績を誇る。ASPICジャパンの著書として『電子自治体アウトソーシング実践の手引き』(日経BP社発行)などがある。
国内のASPサービスやASPベンダーにまつわる情報が乏しい状況を改善すべく、現在、200以上のASPサービスや100社以上のASPベンダー、20以上のASPプラットフォームを紹介する『ASP総覧』(一光社発行)の刊行に向けて作業を進めている最中。また、2008年の1月にはユーザーの視点で使いやすいASPを表彰する「ASP大賞」の開催も予定しているという。
ASPICジャパンWebサイト:http://www.aspicjapan.org/
|
|
||||
|
|
|
|
|
|
|
|
||||