本連載も、今回で最終回となる。長い間おつきあいいただきありがとうございました。
最終回となる今回は、これまでの連載をふまえ、よい経営者と、悪い経営者の見分け方を書いてみたいと思う。
会社に勤めるということは、ある意味、経営者に自分の人生や生活の一部を託すことでもある。悪い経営者の会社では、将来性も期待できず、また仕事の意義も見いだしづらいだろう。
原則中の原則だが、企業とは、収益を上げるための仕組みだ。だから、利益を上げなければならない。最も分かりやすいのは、儲かっている会社の社長はよい経営者なのだ。赤字が続くようなら、経営者は失格である。
だが、目先の数字にとらわれるのも良くない。赤字が続いていても、将来のために先行投資しているケースもあるからだ。以下、よい社長と悪い社長を見分け方を紹介していこう。
社長の善し悪しを収益性の観点から判断するなら、長期的な視野に立って事業を展開しているか否かが重要だ。どうしても社員は目先の数字や生産に目がいきがちである。自分の部署の成績を上げ、自分に与えられた仕事を遂行するために働いているのだから、当たり前のことではある。
しかし、経営者は会社全体を見渡し、将来を見据えて適切な戦略を打ち出さなければならない。経営者が従業員と違う役割がそこにある。3年、5年、そして10年に及ぶ戦略を明確に打ち出し、会社の指針を明らかにしていかなければならないのだ。社員が会社の将来に不安になるようなら、経営者は失格である。
コスト面もしかり。目先の利益だけではなく、適切なキャッシュフローを確保し、次の攻めに打って出られる経営者こそ、会社を成長させられるのだ。
もちろん、産業によっては成長が見込めないケースもある。その場合には、長期的視野に立って事業を最適化できる能力が求められる。
営業部長は、営業の専門家であるべきだし、経理部長は経理に長けていなければならない。技術を知らない開発部長などあり得ないだろう。
だが、社長は経営の専門家であるべきで、何かしらの業務の専門家である必要はないのだ(出身部署に関する業務は熟知しているだろうが)。
社長が最も長けているべきなのは、人材の活用である。必要な人材を必要な部署に配置し、業務を適切に進めていく。会社の人材を熟知し、強い組織を作り上げられるのがよい社長である。
株主にとって見れば、リストラを断行してでも利益を確保することが重要視される。
だが社員の側から考えると、いったん就職した以上、離職することなく思う存分仕事ができて、適切な収入を得られるのが当然。それをかなえる社長が、よい経営者なのだ。
ある大手企業の経営者が言った。
「会社の経営に不安を覚えたとしても、腹心の役員にさえそれを言うことはできません」つまり、トップが「この先どうなるか……」と思っているとしても、それは誰にも言えないし、言うべきではない。よく、経営者は孤独だと言われるが、まさにそのとおりなわけだ。
そこまで極端ではなくても、社長が不安げであれば社員も思いきって働くことはできない。
それ故に、トップには社員についていこうと思わせるカリスマ性が求められる。時に社長は、根拠の乏しい判断を下さなければならない場面も出てくる。その際に「社長の決断だから間違いないだろう」と、社員が思えないようではいけないのだ。社長のカリスマ性を高めるのが、理念や想いだ。正しい理念、社会的に受け入れられる想いが、カリスマ性につながる。
ポイント1とは相反することだが、単に金儲けだけを目的とした経営者を、社会が受け入れてくれない時代が到来している。同時に社員も、お金だけに魅力を感じて働く時代は過ぎ去っていると言えるだろう。
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